きゆ ー初めてということー

 世界で初めてというのはすごいことだと思う。

 ロンドンのファラデー博物館には世界で初めて単離されたベンゼンや電磁誘導の実験に使われたコイルが置かれている。ファラデーの研究室だったという小さな展示室でそれらを見た時、ここから化学や電気工学の世界が広がって行ったのだと感激した。

 世界で最初というほどすごくはないかもしれないが、日本初というのも先人たちの努力が感じられて僕は好きだ。よく「○○発祥の地」というような碑が建てられており、これを見に行って写真に撮ることを趣味とした時期もあった。いろいろと調べてみるとやはり発祥の地は長崎、横浜に多い。「西洋料理発祥の地」なる碑が長崎にあって、『発祥』とは何かという疑念も浮かんでくるのだが(『西洋料理』という言葉自体、欧米では用いないだろうから、確かに発祥と言っていいのだろう。)、日本で初めてという土地を訪問するといろいろと考えさせられるものがあり、感慨深い。

 僕が今、住んでいる長野県にも発祥の地がある。江戸時代に佐久間象山が電信の実験を松代という町で行った。そこが電信発祥の地として大切に管理されている。長野らしいもので言えばそば切りも長野が発祥の地らしい。

 研究をしているうちに長野が日本初というものを新たに知ることもあった。日本で最初の石油会社が設立されたのが長野市だというのだ。1871 年に石坂周造という人が設立した長野石炭油会社という会社が日本初の石油会社だという。

 長野市を流れる裾花川は千曲川の支流のひとつである。この川の中流にある茂菅という地区の川岸あるいは川底に石油が湧出している場所がある。この石油湧出地点は石坂氏が開発を試みて失敗して以降、放置されている。ちなみに石坂氏は「石油」という言葉の命名者で、日本の石油産業に大きな功績を残した人物である。

 そういった情報を得て、僕は裾花川の石油湧出地点の土壌に石油を分解するバクテリアが存在するのではないかと考えた。昔からずっと石油が湧出しているのならば、その石油を栄養源として生息している微生物がいても不思議ではないと思いついたのだ。環境問題の中でも油による汚染はタンカーの座礁, 工場からの漏洩などで頻繁に起こる。そのため、その対策のために油を除去する技術が必要となる。ポンプで油を吸引する方法、油吸着材により油を除去する方法などがあるが、最近は油を分解する微生物を利用する方法が注目されている。裾花川で石油を分解するバクテリアが得られれば、この方法に利用できるのではないだろうか。

 思いついたら、じっとしていられない僕は早速、現地に行った。確かに川面に油膜が浮いている個所があり、油のせいか下の方が黒く変色している石が川底にあった。その場所から砂を採った。その砂から、重油を唯一の炭素源として含む培地で生育できる、すなわち石油を栄養として取り入れるために分解することのできるバクテリアを取り出すことができた。そのバクテリアはこれまでに報告されていない新しい株であり、そのバクテリアが油を分解することも確認できた。

 僕らの身近な世界にもまだ知られていない微生物がたくさんいる。世界初の新しい微生物の発見というものがこれからもどんどんとされていくだろう。その中のいくつかは人の役に立つ働きをして、産業に応用されていくだろう。 そうしたことが僕たちの希望になっていけばいいなと心から思う。