んぐたけ  -キノコの世界-

 通勤の途中、大学のキャンパスに入ってすぐにある松の木の根元に立派なキノコが生えていた。茶色い傘に白い粒々があるからテングタケだろうか?キノコの分類は難しいのではっきりとしたことは言えないが、おそらくそうだろう。研究室に行ってカメラを持って戻ってきて撮影をした。

 キノコが好きだ。とくに地面に顔を近づけないとはっきりと見えないような小さなキノコがいい。地面のあちらこちらから小さいながらも自分独自の色や形でその存在を主張して生えているように感じる。キノコを見るのは楽しい。

 キノコが気になりだしたのはキャンパスの噴水の横の広場に生えている白い棒状の不思議な形のキノコを見つけてからだ。インターネットでそのキノコが何か調べてみるとシロソウメンタケというそのものずばりの名前がついているキノコだった。

 それからはキノコが生えてそうな場所に行くと地面を見ながら歩くようになった。地面を慎重に見てみると、いろいろなキノコが身近な場所に生えていることに気がついた。そして、それを接近して撮影すると、なんだか自分が生きているのと違う世界が映し出されているように感じる写真が撮れるということに気がついた。それ以来、キノコを見ると写真撮影することにしている。

 ニセクロハツという毒キノコがある。クロハツというおいしいキノコと姿が似ており、誤食して中毒死する事故が多発しているという。このニセクロハツを食べてしまうと筋肉が溶けてしまうそうだ。何とも恐ろしいこの毒キノコの毒性成分が何かを突き止めたのは京都薬科大学の橋本先生らの研究グループだった(橋本先生は現在、東京農業大学に所属されている)。結論を言うと、その毒性成分は2-シクロプロペンカルボン酸という化学物質だったのだ。その研究論文を読んだときは感動した。というのも、シクロプロペンという非常に構造にひずみのある物質をキノコが作り出しているということに単純にびっくりし、感激したのだ。炭素が三角形を作った構造をしているシクロプロパンでもひずみが大きく、そのことを利用した様々な反応系が研究されている。シクロプロパンよりさらに高いひずみを持つシクロプロペンは非常に不安定で合成が難しい。このような物質をキノコは体内でどのようにして作っているのだろう?こんな反応性の高そうな物質を作って、どうしてキノコ自体には悪影響が出ないのだろう?知りたいことがたくさん出てきて論文を読んでいて、ワクワクした。研究というのはこうした自然の驚きの現象を発見し、明らかにすることが重要だと改めて感じ入った。

 今、気になっているキノコはカエンタケというキノコだ。カエンタケはその名のとおり、炎のような形と色をしたキノコであり、強い毒性を持つ。この毒性成分も橋本先生の研究グループが明らかにされている。広葉樹のナラの木の枯れ木の根などに発生することが知られている。非常に目立つ色と形をしているので、つい触りたくなるかもしれないが、猛毒があるので、触れてはいけない。そんなカエンタケについての情報を僕は知ってはいるのだが、実際には見たことがない。一度、見たいと思っている。

 カエンタケはもともと、それほど多く繁殖するキノコではなかったそうだが、近年、ナラ枯れという現象が日本各地で見られ、カエンタケの生息しやすい環境が広がっており、その発生数も増えているようだ。

 キノコの世界も環境により、いろんな影響を受けていて、僕たちが生きている世界と密に関係した世界にキノコも生きているということは間違いなさそうだ。キノコの世界にロマンを感じていた僕にとってそれは少しさみしい感じがするが、もちろん、僕たちが目にしている自然とはそういうものなのだろう。