すてりー ―研究者は名探偵?―

 学生時代、本を一年に千冊読もうと思い立って、実行に移した。むきになって本を読みまくり、見事、目標を達成した。千冊の中にはいろいろな本があった。哲学書のたぐいをうんうんうなって読んだり、青春小説に涙したりしたが、その多くを占めていたのがミステリーだった。無理があるように思える謎解き、癖のある探偵の活躍、事件の持つ人間くささ。面白くてどんどん読める。とにかく数を読めればOKだった僕にとってはありがたい。新刊もどんどん出る。ご機嫌でミステリーを読み漁った。そのころのミステリー小説に対する読書熱はさすがにもう無いが、今でも謎解きミステリーは大好きで、図書館に行って、面白そうな本があれば借りて読んでいる。

 研究をしていると謎としか思えないようなデータが出ることがある。研究者はそのデータから、ミステリーを解き明かさなくてはいけない。謎の原因となった犯人を見つけ出さなくてはいけない。

 大阪市のあるため池から採取した泥の試料について、共同研究者の加田平さんが重金属を測定した結果がまさにミステリーだった。ため池の底の泥を層がくずれないように採取した試料について深さによる年代を特定して、深さにより環境汚染物質の濃度を測定する。そのことにより、環境汚染の歴史を見ることができる。重金属汚染の専門家である加田平さんは池の泥中の重金属濃度の変化を見てみたいと深度ごとに様々な金属について分析を行い、結果を得た。戦前はレベルが低く、高度成長期に増加し、1970年代以降は大気汚染防止法の施行とともに、減少するという変化が予想された。また、第二次世界大戦時の空襲の影響が見られたら興味深い、と考えていた。

 ところが、そうした予想に反してなぜか1960-1961年に大きなスパイク状のピークが出たのだ。クロム、ニッケル、カドミウムで特にその傾向は顕著だった。この年代にこの池でいったい何があったのだろう?その原因を得られたデータから解き明かさなければならない。

 クロム、ニッケル、カドミウムの汚染が同時に検出されるケースというのは過去に例がある。メッキの廃液による汚染である。メッキはこうした金属イオンを反応させて、金属表面に薄膜を作るという技術である。その廃液には、高濃度の金属イオンが含まれる。廃液の処理にはコストがかかる。こうしたことから、1960年前後にメッキ工場が廃液を長池に不法投棄したのではないか?と加田平さんは考えた。

 加田平さんは数学が得意だ。泥の重金属の濃度から、どのくらいの量の一般的なメッキ廃液が不法投棄されたか推算したところ、2000 L近いメッキ廃液が池に投棄された可能性があるという結果が出た。

 ミステリーとも思えた結果が30年以上前にメッキ廃液の不法投棄があったと考えるときれいに説明できた。 その謎を解明した物静かでクールな加田平さんがミステリーに出てくる名探偵のように僕には見えた。